世界がピンク映画だったらいいのに

「何すんだよこの」
深夜のコンビニ、アダルト雑誌のコーナーであさみちゃんが言いました。
その隣りには着古してボロボロになったジーンズにTシャツの、
とっても眠そうな目つきをした若い男がほけっと立っていて、
その男は実を言うと僕なので(だから「若い」って言うのもアレなんですけど)、
だから、
あさみちゃんがこのエロ本が棚に並ぶ場所で痴漢に会って、
気丈に抗議をしてる、とかではないのです。
って。
「とぼけんなよお前がやったんだろ!」って言わないでくださいねーみなさん、
だって、えっと、僕はいちおう、あさみちゃんの彼氏なんですから。
(うわ。ここで「いちおう」ってつけんなよヲレ。駄目だなヲレ)
「でも触ったんだろ」って、触ってないったら。

あたりを見廻すと店にいるのは僕ら恋人同士(てへへへ)だけで、
お店のひとはレジの中にはいなくて、
ここから対角線上にある、だからコンビニ内ではいちばん遠い距離にある、
おにぎりとか売ってるあたりで業務用掃除機をかけているのでした。

「ぶるぶるぶるぶる…」
あさみちゃんはいつものお気に入りのエロ本を手にして、
ずっと「ぶる」を繰り返してます。
彼女は僕を同伴させてはコンビニでエロ本を立ち読みすることを趣味としているのです、
っていうか、
コンビニでの買い物ついでにエロ本チェックはかかさない、ということなんですけど。
まえに
「ひとりで行ったときは見ないの?」と聞いたら、
「みねえよ」だ、そうです。
「んじゃ、僕と知り合う前は?」とは、・・・・・・聞いてねえ聞いてねえ聞きたくねえうわあ。

あ。
エロ本エロ本エロ本とか言ってますけどいちどあさみちゃんに
「あのエロ本さー」って言った怒られましたけどね。
「エロ本とかゆうな」って。
お菓子系制服系美少女グラビア雑誌とか言いなさい」てね。
でも
出てるおんなのこ脱いでる(コは脱いでる)じゃん、
最近なんか露出度高まってて乳首も陰毛もばりばり出るようになってんじゃん、
とか反論しませんでしたけどね。
あさみちゃんだって横で別の、
ジャンプとか読んでる(あ、いや、僕はエロ本を見ない、ということではなくてですね、
だから、あさみのいない場所で見んだよ!)僕の袖をときどき引っ張っては、
「このおぢょうちゃんのケツたまんねえっすよ?」とかなんとか、
態々見せて目が蒲鉾状になるニタニタ笑いをしつつ、
「じゅるじゅる」って言って涎を手で拭う素振りをしてるんだから、
それって、エロ本読む態度だろ!と言いたい(けどめんどくさいので言わない)。

「ぶるぶるぶるぶる…」
あさみちゃんがうるうるした目で僕の顔を見て言いました。
「いいかげん、とめんかいっ!」自分でとめてください。
とは言わずに僕は優しーい彼氏ですから「どうしたの?」と優しく聞いてみました。
「ざけんなよてめえぶっ殺すぞ〜〜〜」
と、ここでひと呼吸おいてあさみちゃんは
「なカンジ、見てこれ」手にしていた雑誌を僕へと突き出しました。
「ああ、これね、そっかシール貼られて立ち読み出来なくなったんだっけ」
「ぶるぶるぶるぶる…」それはもういいから。
「あたしの唯一の楽しみがっ」唯一かよっ。
「あたしの『クリ××』がっ。かなしい。一体誰が何のためにこんなことを?」
僕は答えました「偉い人が青少年たちの健全な育成のために」って。
あさみちゃんは言いました「偉い人ってヴァカ?」
・・・
真夜中の公園で、
小っさなグラウンドとブランコとシーソーとジャングルジムのある、
近所の公園ってカンジの近所の公園で、
2本目の(1本目はコンビニ出るや栓を空けられて、もはや空なわけで)発泡酒を手に、
ベンチに腰掛けたあさみちゃんは「せつないねえ」と、飲んでたロング缶を僕につきだしました。
アルコールに弱い僕は引いてきたマニアマニエラ号(自転車)のハンドルを持ったまま首を振り、
「(アルコール弱いの知ってるくせに、ってそれはいいんだけど)
やっぱ、さっきの『クリ××』買っとけば良かった?
つまりは「見たいなら買え」って話しではあるわけだしさ」
「うん、いまんとこはね」とあさみちゃん。
「でもいらない、だって部屋にあったら独りのとき、
それ見ておなにーするでしょキミ」おいおい。
「しねえよっ!
つか、いけないのかよ、だからつまり、するよ、カキますよ、
脱いでる女のコの写真見ておなにーしちゃいけないのかよ、
勝手に決めんなよ、っていうか「キミ」って言うな」
って僕はべつに取り乱してるわけじゃないですけどね、ぜーんせんっ。
「うーん、ごめんね、それに関しちゃちょっとあたしの気持ちもあるんだけどさ」
と、あさみちゃんはビール、じゃなかった、発泡酒を一口飲んで、
「そうだよね、勝手に決められるのは厭だよね」と呟くように言いました。

寝苦しい夜が続いたここんとこにしてはめずらしく、いまは暑くなくて、
ふわ、と空気が微かに流れるような涼しい風があさみちゃんの短い髪を撫ぜています。
「あ〜あ」とあさみちゃんはベンチから立ち上がり、
「勝手に決めんな、勝手に変えるなってばよう」とまたアルコールを摂取して、
上げた顔は下ろさず、そのまま星を見上げて言いました。
「あーあたしは。
あたしは、あたしは、かわいい女のコのはだかとか見たいんだよう。
かわいい女のコのはだかとか、ぱんつとか、
はだかとか、はだかとか、はだかとか、ぱんつとか、はだかとか」
「ちんことか」
「るさい。つかそれは当然っ」
とか言って、あさみちゃんは発泡酒を口に含んで夜空に噴射しました。
あの、きたなくてもったいないんですけど。親しき仲にも・・・ううっ(泣。
「ちんこは
見たいよ、いや見たくないよ、じゃない、見えなきゃ見えないで良くて、
見えたらうれしくないこともなくなくないけど(どっちだよ←僕の独白)、
見えてるんだったら、そこにあるんだったら、
隠すな、
つーことですよっ!」
と、あさみちゃんは語尾あたりで叫びました。最初から叫んでたら止めてますって。
「以上、真剣10代しゃべり場せいねんのしゅちょう、おしまい」
名作アニメかなんかで外国の貴族のお嬢さんがするのを見て学習したふうな、
わざとらしくもエレガントな素振りでお辞儀をしてみせるあさみちゃんに拍手しつつ、
「10代じゃないし、キミは」と僕は笑顔で言いました。
「キミこそ「キミ」って言うな」
・・・
「世界がピンク映画だったらいいのに」と、あさみちゃん。
「AVでは?」
「それはちょっとキツいかも。よく知らないけど、あたし的には。
勝手に決めてたらごめんだけどキツくて哀しいかも。
んーなんていうか、数本みただけの印象でいうと、
アダルト・ヴィデオには出てる女のコの現実が映ってる気がする。
たとえそれがやらせ、みたいのでも。
だから、世界がAVだってひとは、AVが世界になってるコはもういるんだよ。
だからこそイイって話しもあるだろうけど、あたしは、
あたしはピンクのがいいな。ピンクがスキなの」
ピンク映画でもえげつないのあるんですけどねー、
彼女と僕が一緒に通ってるシネマテークの特集なんかでは選ばれそうにないキツいのも。
でも、それでもそれは、現実じゃない、ってことですか。
僕はゆっくりマニアマニエラ号を走らせます、あさみちゃんを後ろに乗っけて。
「それは現実よりも虚構が好きってこと?
こうしてる今より、焦がれる世界があるってこと?」
「あれ、知らないの?
これは、この世界は、ピンク映画なのよ?」
あさみちゃんは答え、
んで、
僕の耳のうしろから息を吹き掛けました。
「こうして酔っ払ってれば、とくにね」
まったく。顔が赤くなるっていうの。アルコールに弱いの知ってるくせにさ。
・・・
スパンクハッピーによる「フィジカル」のカヴァーを聴きながら