鴉に追われてシンクロニシティ。

名古屋城の水のない内堀に鹿がいて。

あれは飼われているのやろうねえ、勿論、とか。
江戸時代からのお血筋でらっしゃったりして、とか。
奈良の公園からはるばるやって来たんだったりして、とか。


名古屋城にはカラスもぎょうさんおって
そのときシカはカラス多勢にいぢめられておりました。


「奈良からカラスに追われてきたん?」なあんて。
・・・
そのあとお茶してバナナ・タルトにハーブティ、
中古CDにふるほんや、とか。
そして名古屋シネマテークでレイトショー、
トニー・ガトリフ監督の『トランシルヴァニア』、ヒロイン、ジンガリナ、
やたらなんて魅力的な存在感、とか思ったら中の人アーシア・アルジェント
ダリオ・アルジェントの娘」だってね、なんかそれもすごいぞ、
でそのジンガリナが陣痛で苦しみ中の悪夢にて、


カラスに追われて此処に来た、かなんか言った!


やあ、シンクロきましたね、鹿しこんなのなんかある、しか思えないじゃん〜
は。
もしやドゥーテストがひつよう・・・ないない(汗。
・・・
映画は
男追いかけ来た妊娠女が捨てられて、なんてよくあることから始まってましたが
(ま、トランシルヴァニアまで行っちゃうケースはそうそうないんですけど)
徹底てきに絶望するさまが凄くてそれが
強い音楽と光の中にあってやがて彼女から話しが別の男のものへ移って、
絶望したにんげんがある者にとっての・・・、


ああ、言いたくなる、これが人生、なあんて。いや、美しい!


でもジンガリナを救いきれなくて捨てられる、ビアンのマリーの退場あってこその
ラストなんだってのはトニーくんにツッコミ入れたくなったりしてたりしてるんだけどま、いいデス(w
・・・
妊娠女が追いかけると言えば、
はいまた出しますが川上未映子さんのコレ→わたくし率 イン 歯ー、または世界
と言えば、って
ま、コレ、「妊娠女が追いかける」とゆうとの、いろいろ違うんデスけども、、、
この『わた歯ー』がすでに韓国にて映画化されてた!!!という、


パク・チャヌク監督の『サイボーグでも大丈夫』、


名古屋城見学の前に
タワーズの某イタリアン屋上テラスで風に吹かれて赤いビールとドリア食べる前に
K.WAKAMATSU'Sシネマスコーレで観まして、ほう、
過剰な饒舌によるクラクラ感をこう映像化するのかー、とか
歯への拘りはそうするわけねん、入れ歯か、とか
存在への問いかけ処理はこうか、とか
何より
午後4時にひどいことが起こること、
おう、パク・チャヌクは『そらすこ』そら頭はでかいです、世界がすこんと入りますも読んだんかーとか思うまね。
て、
なんて、すでに映画化て、

もちろんぜんぜん違くて(__)

いやシンクロはいくつかしててそれ何かなあ、と。
『心臓抜き』心臓抜き (ハヤカワepi文庫)の解説でボリス・ヴィアン
人生を歯にたとえた、あれ、歯を人生にやっけ?
そんな詩を『ぼくはくたばりたくない』で書いてたことを最近知りましたが、
歯、
歯とは私である、
『わた歯ー』の主人公の主張はそうそう奇想ではないのであったな、と
このところ思うのであった。


未映子さんのサイトで
犬がかわいいのが先かぬいぐるみがかわいいのが先か
http://www.mieko.jp/blog/2007/11/vol12_e095.html
なんてお話しが出てきておりましたが
個的な時間軸をみるとぬいぐるみさんかわいい、が先かもだけども犬、犬のかわいさ、
犬種族と人種族の時間のつみ重ね方進化のあり方それ、
犬と人たがいに内なるそれ「かわいいイデア」みつめて
「かわいい」示す、示される関係結んでく段取りやってきてて
「かわいいイデア」それぬいぐるみさんにも共通のもの
単数形複数形わからんがひとつのもの、であって
人生と歯もまさに同じものでもあるやも知れん、とか思ったり、そして残る4時という謎。
4時も不吉と同じだと?
・・・
シンクロっぽいものもうひとつ名古屋城であって
それは
今日は「ねこねこの日」でもあるのだなあ、と
こないだの『スケッチブック 〜full color's〜』、
それに出てきた中田譲治声のくまにゃんこさんとかその他の猫らを思い出したりしたんであった、
いや名古屋城天守閣そびえてるお屋敷跡地のとこにえらい立派なねこさんがおりまして
きゃつはきっとカラスに追われる方ではないね!
ところで『スケッチブック』、
空(←ヒロイン名)は
「賞味期限のもの喰わす姉」として猫らに認知されてるのであった、とゆう話しであった(ToT)
猫から見ればそんな「わたくし」、
もちろん空はそら知らぬことー(泣。