笙野頼子『硝子生命論』読み終わりました、ようやっと。

■××ラの×××リのりり×さん、
永劫には多少足りない程度の長いあいだ、貸しっぱなしでいてくれてありがとう、感謝!!


ああ、もう、恐るべき傑作、うわああ。


英訳して、
「男たちの知らない女」愛はさだめ、さだめは死 (ハヤカワ文庫SF)書いたティプトリーに読ませたかった!っていう。


"文化系女子"とかゆう概念よか何か気になってる、
"SF女子"な何かについても入ってる気がして読んだ。


SFのひと――萩尾望都とか小谷真理とか?
あとえっと、
鈴木いづみ清原なつの新井素子わかつきめぐみ、そんなとこ?


読み終わるのにこんなにかかってしまったのは前半あたり、
ヒヌマユウヒに仕事たのみにくる依頼人のエピソードがひとつひとつ面白くて
通り過ぎるのが勿体無くいちいち頁を閉じて脳内反芻したりして
スピード調整が上手く出来なかったせい、もある。
それが章ごとに区切られてて、
もちょっと長めの連作短篇になってたら*1
一日ひとつ、って決めたりしてリズムがついたやも。
て、
そうゆうふうに書くべきだった、という話しでは全然ない。ないから。


でもって後半は怒涛の、
怒涛にして悪夢の、気持ち悪い展開、
ていうかあるいは逆にスウィートなことが起きてた?みたいな。
・・・
幻想という場に引き込まんとする物語りには
「これ以上はついてけません」
なあんてツッコミどころも服務もの。『崖の上のポニョ』しかり。
幻想文学の服務規程。




さてさてところで、
『硝子生命論』に押井守監督の『イノセンス』は似てやしないですかね、と。
人形ネタだから当然でしょう、
ということより諸々かぶる要素が。


てその前に映画『イノセンス』もエピソードの骨格、
士郎正宗原作の『攻殻機動隊攻殻機動隊 (1)    KCデラックスのある一話から持ってきたのだけれども
それって確かそんなに人形人形した話しじゃなかったですよね?(あ〜確認しないと)


パクリとか元ネタとか、
そういう話しをしたいんでなくって、
"人形"をめぐって、考えを詰めると
なにか普遍的無意識っぽい何だかのせいだかたんに論理的帰結とかで自ずと、
そうゆうことになってしまうのだ、
ということである方があたし的に面白え〜〜〜♪とか思っちゃうわけデスが、
『硝子生命論』で、
人形*2作者ヒヌマユウヒは失踪してしまい、
語り手のひとが彼女の帰還を待つわけで、
少佐、草薙素子を待ち望むバトーの姿を重ねてしまうわけです、
どちらにも、
いなくなってしまった人の不在によって存在が逆に普遍に満たされている、
そんな幻の世界な感覚があるのでした。


そしてバトーはていねいにていねいに愛犬を愛してて、
『硝子生命論』には出てこないのですが、
笙野頼子さんが"猫と暮らす人"になったのはご存知の方はごぞんじなわけで。


勿論、
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))にも動物への愛がいっぱいで
これはディックが未だ「アンドロイドはおそぎゃあがや」期の小説だったはずだけど
怖い怖い属性を持った世界が描かれてましたっけ。


ああ愛の不在の世界がいつか
あるときぐるり、と反転してしまうんだけども、ああ!






(いわば)眩しきこと。


ニンギヨウオアイセイナイヒトワソコエタドリツケワシナイ。






・・・
『硝子生命論』はどこから発想されたのか、はこちらに。
         ↓
http://enjoy.pial.jp/~fdi/ms_shono_contents1.html
(いまさっき全文読みました。ふう*3。)


・・・ええっと!!
いろいろ無知でほんとすいません。
ここで笙野さんがおっしゃってる「ナノテクSFというイギリスのSF」って
リチャード・コールダーなのね、*4
なんですか"ガイノイド3部作*5"ですか、
あー
そりゃ『イノセンス』と通底もするわさ。


て・え・か、
一度読んだものもさらさら忘れてっちゃってる可能性(泣。

*1:なにげに観用少女(プランツ・ドール) (1) (眠れぬ夜の奇妙な話コミックス)とか連想。・・・て、ティプトリー繋がりやんけ

*2:でなくて"硝子生命"なんだけれども大雑把に言って、人形

*3:←長文だったので。あとアレな人々の振舞いにもアタっタ(泣

*4:オルガスマシンかしらんとかいっしゅん、思った

*5:ガイノイド」に傍点